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2007年2月12日 (月)

エリーゼの為に

*


以前書いた短編小説を御紹介します。
『エリーゼのために』と言ふ短編です。


2007年2月12日(月)

 
             西岡昌紀

htp://blogs.yahoo.co.jp/nishiokamasanori/

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(以下本文)

           エリーゼの為に

               1

   私の家には、小さな宝物が有った。それは、
  小さな古いオルゴールである。そのオルゴール
  は、昔、遠い国からやって来た。そして、永い
  間開けられる事も無く、戸棚の奥でひっそりと
  眠って居たのである。その古いオルゴールを、
  今日、私は、開ける事にした。それは、今日が
  特別の日だからである。

               2

   「開けるよ。」と、私は言った。娘は、小さく
  うなずいた。私は、娘の前で、オルゴールのねじ
  を巻き、その蓋を開けた。すると、その古い木の
  箱の中から、あの物悲しい旋律が、永い眠りから
  目覚めた様に、静かに、ゆっくりと、流れ始めた
  のだった。そして、その物悲しい旋律とともに、
  蓋を開けられたそのオルゴールの舞台の上で、
  世界一小さなバレリーナが、私と娘の前で、ゆっ
  くりと回り始めたのだった。
   娘は、何も言わなかった。そして、無言のまま、
  私の隣りで、その小さなオルゴールの人形を見つ
  めて居た。その娘の前で、その娘の小指ほどの小
  さなバレリーナは、その古い箱から流れる悲しい
  旋律に合わせて、ゆっくりと回り続けるのだった。
   このオルゴールは、今、永い時を経て、私と私
  の娘の前で、眠りから目覚めたのだった。そして、
  この小さなバレリーナは、今日、初めて、私の娘
  の前に姿を見せたのであった。
   娘は、魔法を見る様な眼で、その人形を見つめ
  て居た。

                  3

   今日は、娘の三歳の誕生日であった。私は、以前、
  娘にそのオルゴールの話をした事が有った。すると、
  娘は、それを見たいと言った。そこで、私は、娘の
  誕生日に、そのオルゴールを見せる約束をしたので
  あった。そして、今日、その約束通り、私は、その
  オルゴールを家の奥から取り出し、娘の前で開けた
  のであった。
   その私の娘の前で、小さなバレリーナの人形は、
  静かに、ゆっくりと回り続けた。
  --そのオルゴールから流れる悲しげな旋律に合は
  せて。
   このバレリーナは、この箱の中で、永い間、この
  時を待ち続けて居たのである。
   この古い木の箱の中で、娘の前で踊る日を静かに
  待ち続けて居たのである。そして、今、永い時を経
  て、この悲しげな旋律に合わせて、ここで、再び踊
  り始めたのであった。
   と、不意に、その旋律は止まった。同時に、その
  小さなバレリーナの踊りも、不意に止まった。まる
  で、時間が止まった様に、オルゴールは、止まった
  のであった。
   私と娘が居る部屋は、深い静寂に包まれた。
  娘は、何も言わなかった。静寂の中で、私は、その
  何も言はない娘の横顔を見つめた。そして、娘が、
  何かを言ふのを待った。だが、娘は、何も言おうと
  しなかっ
   やがて、その沈黙の後、娘は、私の顔は見ないま
  ま、小さな声で、こう言ったのだった。
  「もう一度。」
   私は、微笑んだ。そして、「いいよ。」と言って、
  オルゴールを手に取ると、もう一度、そのねじを巻
  き、娘の前に置いた。すると、その古いオルゴール
  は、再びその旋律を奏で始め、小さなバレリーナは、
  再び、踊り始めたのだった。
   娘は、その踊りを見つめ続けた。

                  4

    そのオルゴールは、私の母の持ち物だった。
   私は、子供の頃、母が、私にこのオルゴールを
   見せた日の事を覚えている。
    その日、母は、テーブルの上に、このオルゴ
   ールを置いた。そして、初めてそのオルゴール
   を目にした私の前で、何も言わずに、その蓋を
   開けた。すると、この物悲しい旋律が静かに流
   れ始め、その旋律に乗って、この小さなバレリ
   ーナが、その箱の上で、ゆっくりと回り始めた
   のだった。--今日と同じ様に。
    その遠い日の光景を、私は、確かに覚えて居
   た。
    私は、ゆっくりと回転する、この小さな人形
   に心を奪われた。母も、私の横で、何も言わず
   に、そのゆっくりと回る小さな人形を見つめて
   居た。それは、まるで、夢の中に居る様な、不
   思議な時間であった。

    その指先ほどの小さな人形は、静かに、ゆっ
   くりと回り続けた。そして、その悲しげな旋律
   が不意に途絶えた時、人形は、その旋律と共に、
   静かに止まったのであった。人形が止まると、
   後には、静寂だけが残った。そして、母は、な
   おも、無言であった。

    母は、何も言わずに、もう一度ねじを巻いた。
   そして、私の前で、もう一度、オルゴールにそ
   の旋律を奏でさせた。すると、小さなバレリー
   ナは、再び、その旋律に合わせて、私の前で、
   ゆっくりと回り始めるのであった。

    その旋律は、美しく、悲しかった。私には、
   その旋律は、この世で一番美しい音楽である様
   に思へた。そして、その旋律と共に、時間が流れ、
   去る事を、子供心に、悲しいと感じたのだった。

                5

    そのオルゴールの調べは、余りに美しかった。
   そして、その調べが流れる時間は、余りに美しか
   った。初めて、このオルゴールの調べを聴いたそ
   の日、私は、その美しい時間がやがて失われる事
   を思って、ひどく悲しく思ったのだった。子供で
   はあったが、私は、時が流れる事の悲しさを、そ
   の旋律が流れる中で、感じ、知ったのであった。
   それが、私が、初めてこのオルゴールを見た日の
   記憶であった。その日から、もう、二十年以上の
   時が経っていた。今日、このオルゴールを開ける
   時、私は、あの日、自分が感じたその悲しい感情
   を思い出していた。そして、あの日、自分が、ど
   うして、そんなに悲しい気持ちに成ったのかと、
   考へたのだった。私には、その遠い日の自分の感
   情が、一つの謎の様に思われたのである。あの時、
   何故、私は、この調べに、そんな深い悲しみの気
   持ちを抱いたのだろうか?
    そう考える私の前で、娘は、オルゴールを見つ
   めて居た。


                   6

    「お父さん。」と、娘が言った。娘は、私を見
   つめて居た。
   「このお歌なあに?」と、娘は、尋ねた。
   娘は、「歌」と言ったのだった。私は、それを
   「歌」と呼ぶべきか、迷ひながら、娘に答えた。
   「エリーゼの為に、と言う曲だよ。」
   娘は、考え込んだ。
   「エリーゼってだあれ?」と、娘は、尋ねた。
   私は、答えに窮した。考えてみれば、私は、その
   答えを知らないのである。
   「昔の人だよ。」と、私は答えた。
   「昔の人?]
   「そう。遠い昔の人だよ。」
    娘は、何も言わなかった。そこで、私は、もう
   一度、オルゴールのねじを巻いた。そうなのだっ
   た。エリーゼとは、誰なのだろう?私は、今日ま
   で、それを知らなかったのである。

    この調べを最初に聴いたのは、そのエリーゼだ
   ったのだろうか?

                    7


    その時、私は、不意に、自分が、その同じ問いを
   母にして居た事を思い出した。
    母が私にこのオルゴールを見せたあの日、私は、
   娘と同じ事を、母に尋ねて居たのである。娘が尋ね
   るまで、私は、その事を忘れて居た。そして、その
   全く忘れて居た事を、私は、娘に問われて、今、思
   ひ出したのだった。母は、その時、こう答へたので
   ある。
   「お母さんの国の人よ。」
    母のその言葉を、私は、自分の娘に問われて、今、
   何十年ぶりに思い出したのであった。
    この小さなオルゴールは、私の母が、ドイツから、
   遠い日本に持って来た物であった。母は、このオル
   ゴールと共に、この国に来たのである。そして、そ
   れを開けた時、母は、遠い自分の国の事を思ひ出し
   たに違い無いのである。

    私は、娘に、「遠い国の人だよ。」と、言って答
   へた。すると、娘は、黙ってう なずいた。  
    「もう一度聴かせて。」と、娘は言った。私は、
   微笑み、娘に言われた通り、もう一度、そのオルゴ
   ールのねじを回した。すると、オルゴールは再びあ
   の調べを奏で始め、小さなバレリーナは、再び、私
   の娘の前で回り始めたのだった。

    「エリーゼ」と、私は、心の中で、その名をつぶ
   やいた。彼女は、この世で最初に、この調べを聴い
   た人だったのだろうか?・・・
    それは、永遠の秘密なのである。そして、その秘
   密を秘めながら、この古いオルゴールは、今日も、
   その調べを奏でるのである。

                              (終)


   平成十四年十二月十二日(木)
  (2002年)

           西岡昌紀(にしおかまさのり)

http://blogs.yahoo.co.jp/nishiokamasanori/

(この小説はフィクションであり、実在する
 人物、出来事とは関係が有りません。特に、
 文中の「私」は、作者(西岡)とは全く
 関係が有りません。本作品の著作権は、
 著者である西岡に有ります。批評の為の
 引用は自由ですが、その場合は、仮名使ひ
 を含めて、文章のいかなる変更も、理由を
 問はず禁じます。本作品の著作権は、著者
 である私(西岡)に有ります。著者は、
 この作品の転用を固く禁じます。)


2007年2月 8日 (木)

鳥(3)


                3


     その日の午後の事だった。私が、そうして、
    その夢の事を考えていると、不意に、妻が、
    私に、「どうしたの?」と、尋ねたのだった。
    妻は、「何か考えているの?」と聞きながら、
    私の前で紅茶を入れ、私の顔を見つめた。
     私は、微笑んだ。そして、そう尋ねた妻に
    「夢を見たのさ。」と答えた。
    「夢?」と妻は聞き返した。
     私は、うなずいた。そして、今朝見たその
    遠い日の夢の事を妻に語った。すると、妻は、
    私の夢の話を聞き、何も言おうとしなく成っ
    たのだった。
     私は、妻のその沈黙の理由が分からなかっ
    た。

     妻は、私を見つめた。そして、何も言はな
    いまま、私の手を取った。そして、その手を
    ゆっくりと自分の前に運ぶと、自分の腹の上
    に置いた。
    「赤ちゃんが出来たのよ。」と妻は、言った。
    私は、何も言はなかった。そして、何も言は
    ないまま、妻の目を見た。
     部屋の中は、静まり返って居た。その静け
    さの中で、私は、小鳥が、自分のその手に、
    帰って来た事を知ったのだった。


 
             (終)

 平成19年2月8日(木)

    西岡昌紀 (にしおかまさのり)


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この小説は、フィクションであり、実在する人物、
出来事とは関係有りません。(文中の「私」と
作者は全く無関係です。)
批評の為の引用、転載は自由ですが、その場合は、
仮名使ひを含めた一切の変更を、理由を問はず、
禁じます。批評の目的以外の引用、転載は固く
禁じます。

             西岡昌紀(作者)

http://blogs.yahoo.co.jp/nishiokamasanori/

鳥(2)

                 2

                  
  
     あの鳥は、何処に行ったのだろうか?・・・
    その不思議な夢は、私の心を遠い昔へと引き
    戻した。
     夢から醒めた私は、あの遠い日の出来事を、
    まるで、今朝の事の様に感じ、あの白い鳥の
    行方を思った。
     もちろん、あの鳥は、もうこの世に居ないに
    違い無かった。そして、あの日、私を慰めた母
    も、もうこの世の人ではなかった。だから、そ
    の夢の光景は、最早、この世に存在しない光景
    なのである。そんな鳥や母が、私の心の中に、
    あの様にありありと浮かんだ事に、私は、驚か
    されずには居られなかった。

     私には、その夢が、何かの知らせの様に思は
    れた。その朝、遠い世界から、私に送られた、
    何かの知らせの様に思われたのである。
 
     私は、窓を開け、その朝の空を見上げた。そ
    の日の空は、あの鳥が飛び去った日と同じ様に、
    青く、何処までも晴れ渡ってゐた。私は、その
    晴れた空を見上げながら、あの日、母が私に言
    った言葉を思い出した。--母は、あの日、私
    に、あの小鳥が、いつの日か私のもとに戻って
    来る、と言ったのである。--私は、母のその
    言葉を思い出し、母は、あの日、どうしてあん
    な事を言ったのだろうか?と思った。あの日、
    母は、ただ、私を慰めようとして、小鳥はいつ
    か戻って来ると、嘘(うそ)を言ったのだろう
    か?それとも、あの鳥は、今に、母の言葉通り、
    本当に、私のもとに戻って来るのだろうか?
     私は、春の空を見上げながら、あの小鳥が、
    戻って来る様な予感を感じた。

                         (続く)

鳥(1)

                     鳥


                     1


     或る日、私は、夢を見た。それは、遠い昔、私が子供
    だった頃の記憶の夢である。
     或る晴れた日の朝、私は、窓の開いた部屋で、飼って
    居た鳥を籠(かご)から出した。子供だった私は、その白
    い文鳥が、飛び去るとは思わず籠から出し、手にのせて
    可愛がったのである。
     だが、その白い鳥は、私の手から飛び立った。そして、
    その開けられた窓から、春の青空へと、飛び去ったので
    あった。
     子供だった私は、小鳥が青空へ飛び去ったので、泣い
    た。その私を、母は慰め、小鳥は、いつか、戻って来るか
    ら、と私に言った。

     その日の出来事を、私は、夢に見たのだった。目が覚
    めた時、私は、何故、自分が、その遠い日の出来事を夢
    に見たのか、と不思議に思った。

                                 (続く)

はじめに

                は   じ  め   に

        このブログで発表される全ての小説に登場する
 
       「私」は、作者とは無関係です。又、全ての登場人物、

       出来事は、架空のものであり、実在する人物、出来

       事とは、全く関係が有りません。


       作品の著作権は、作者である私(西岡昌紀)に属しま

       す。批評の目的での引用は自由ですが、批評の目的

       を超える作品の一部、又は全体の無断引用、無断転

       用、無断転載、等の行為は、理由を問はず、固く禁じ

       ます。

       平成19年2月8日(水)

          西岡昌紀(にしおかまさのり)

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